稼ぐ人は長財布?

 コレを使えば年収7,000万円になるかも…

 

別な事を書きたくて、ちょっと批判的な目で読み始めた本が以外に良かったのでご紹介します。

タイトルは「稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?」です。

著者は若い頃にお金で苦労もされた税理士の方です。

 

ざっくりですが、全体として「お金は自分の目的のために有意義に使うべし」と言うような事が書かれています。

特にお金の使い方に着目していろいろ述べられています。

 

ギザ10や紙幣の整頓などお金そのものに対する部分はスルーですが、その先にあるゴールを見つめる事の大切さや、無駄な浪費を減らし、有意義な投資(自分への投資)に多くを使う事の大切さは日々実感するところです。

 

 

長財布と金持ちの統計的な関係は微妙な気がしますが、話の展開としては必要な要素でしょうし、著者自身も「長財布や紙幣硬貨そのものに価値があるわけではない」事は認識されているようで著書内でも伝わってきます。

でもこういう本がでると「長財布を持つと金持ちになる」という短絡的な目で見て財布買っただけで終わる人が多く現れるのが人間の面白いところです。

ウチの息子も気がついたら長財布買ってました….教育が行き届いていない…反省。(^^;)

ちなみにこの本はウチの息子が買ってました。

 

また別の機会に書きたいと思いますが、統計値は常に都合の良い解釈で流布されていきます。

例えば今回の話題だと、「長財布を持っているのに金持ちじゃない人の数」は話題にでませんが、大事な気がします。

まぁ50万位になると、そもそも2つ折り財布では入れにくいし出しにくいので、キャッシュを持つと必然的にそうなるのかも知れませんが…。

本当のリッチになると財布自体もたないでしょうし…。

 

統計値はいつも情報発信者の都合の良い解釈で発信されます。

特に政治家、マスコミは顕著。 都合の良い数字だけ抜き出せば、理由付けは何とでもできるので、鵜呑みにしない様気をつけていきたい物です。

特に「情報統制して戦争にでも向かうの?」と感じさせる今日では。

 

 

よくテレビなどで「長寿県 1位」とかやってますが、「実は若者が少なくて年寄りが多いのでは?」など足りない部分に目を向け、必要に応じて自分で調べるのは有効かも。

 

ちと横道にそれましたが、お金は時間を節約してくれる便利な道具にもなりますし、あって困る事はないのでしっかり稼いで良い使い方をしていきましょう。

でもまずはゴール(人生の目的)が先です。お金は有効な手段にはなりますが、ゴールにはなりませんので。

 

稼いだお金はゴールに向けて、世のため他人(ひと)のためにじゃんじゃん使いましょう。

 

ストレス解消してますか?

過度な緊張は多くのストレスを生みます。

 

それが目的地へ向かうための緊張であれば、たとえ強度が強くても恐らく酷いストレスにはならないでしょう。

なぜなら行き先へ向かい、そのストレスの根源を乗り越えるための知恵がわき出てくるからです。

根源を乗り越えると、そのストレス消えて無くなります

 

でも、何の目的もなく緊張だけ強いられる場合はどうでしょうか?

 

恐らく、酷いストレスとして心の片隅に蓄積されていくでしょう。

 

では、蓄積されたストレスはどうしてますか?

カラオケで発散? 酒を飲んでワイワイ? 映画を観て現実逃避? スポーツで汗をかく?…

人それぞれやり方があると思います。

 

方法論はいろいろなので、特にコメントはありません。(本当はありますけど…今回は省略)

 

でも1つだけ、自分が採用している方法論で確認して欲しいことがあります。

次のシンプルな質問を自分に問うてみてください。

 

その行為が終わった後、ストレスの根源となる問題は解消され心から清々しいですか?

 

ちなみに「行為が終わった後」とは、「翌日の朝目が覚めた時くらい」を基準に考えると良いと思います。

 

もちろん!」という答えであればOKですね。それを続けて下さい。

 

いや、そうでもないぞ。」とか、「現実に戻ると何も変わらず余計ストレスかも…」とか想えたアナタ。

自分の中で何かが爆発する前に、考えた方がいいかもしれませんよ。

 

効果の無い、その場しのぎの発散を続けていると、ストレスは身を隠して心の片隅に大きな塊をつくり続けます。

そのが自分の許容値を超えはじめると、精神的な問題や身体的な問題が表に現れはじめます。

 

いわゆるウツといわれる症状や、病気などですね。

原因不明の腰痛、肩こりなど症状の軽い物もその始まりだったりしますので要注意です。

 

ストレスは人が生きていくために大事な物ですが、過度に蓄積されると凶器にもなります。

 

一番良いのは、都度解消していくことです。

 

解消しているつもり」は、ただ見えないように(自分でさえも!)溜め込んでいるだけなので、止める事をオススメします。

時間の無駄ですしね。

 

ストレスを本当に溜めず、解消していく一番良い方法は、「やりたい事(=want to)」をし続ける事です。

 

例え目の前の「やるべき事(=have to)」で多少のストレスを受けても、それが大きな want to に引き寄せられた事であれば「やらなければ目的地へ行けない事」としてどんどんクリアしていくでしょうし、ストレスとして溜まり続けることもないでしょう。

 

まずはゴール(目的地)を設定。そして歩み出す。前へ、望みの地へ。

 

一番のストレス解消法です。特に「もやもや感」を感じはじめたアナタ、すぐ実践してみてください。

 

※ちなみにココでいう「やりたい事」は「目の前の短絡的な欲求を満たす事」とは違いますので誤解無きように。

スウ坊

 

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「最後の授業」

カーネギーメロン大学のRandy Pauschさんが、わずか46歳で余命数ヶ月を迎えた中で行われた最後の授業。

 

かなり有名な話なので既にご存知の方も多いと思います。

 

自分は最近知りました。

 

なかなか気軽な気持ちで観れず知ってから大分日も経ちましたが、ようやく昨日観る事が出来ました。

 

隣で高校1年生の息子も吸い込まれるようにちゃんと観ていたのがちょっと印象的でした。

 

内容は、残り数ヶ月の命と余命宣告を受けた教授が、「最後の授業:子供時代に抱いた夢の実現(The Last Lecture:Really Achieving Your Childhood Dreams)」と題し大学で行った文字通り最後の授業です。

 

子供の頃の夢を形を変えながらも実現していく様と、叶える課程で起こる様々な出来事を肯定的にとらえ、自分の中に吸収していく様子がとても印象的でした。

 

しかも、余命宣告の悲壮感は一切表に出さず、とてもウィットに飛んで話されています。

 

学びの要素はもちろんですが、自分が真剣に歩んでいるからこそ得られる本物の仲間との出会い、天才達が集まるカーネギーメロンにありながら普通にある人間臭さ、真剣な学びとそれをひけらかさない謙虚さ、前に進む勇気などなど、色んな要素がたくさん詰まってます。

 

本物が心で語る言葉の重さを強く感じました。

 

また、言葉には一切表しませんが、「もっともっと時間が欲しかった」という想いも強く伝わります。

 

人間に与えられた時間の大切さも再認識させられました。

人の時間は永遠では無いよ。「大事なこと」に毎日全力で向かって生きた方がいいかもよ….と。

 

Randy さんが遺してくれた Legacy に心から感謝です。

 

もしもまだ観てない方いたら、ぜひ一度ご覧ください。

ご家族と共に。

 

きっと心に響きますよ、色んな事が。時間の大切さと共に。

 

ランディ・パウシュ 最後の授業

 

Randy Pausch Last Lecture

 

観てから知りましたが、関連した書籍も出ているようですね。

 

因が先か、果が先か

「因果」について少し考えてみます。

優勝

「因果」「原因と結果」ですね。

 

~広辞苑より <引用開始>~

(1)〔仏〕
(ア)直接的原因(因)と間接的条件(縁)との組合せによってさまざまの結果(果)を生起すること。今昔物語集(4)「仏法を悟り―を知りて極楽に往生する」
(イ)特に、善悪の業(ごう)によってそれに相当する果報を招くこと。また、その法則性。太平記(2)「―に依つて田夫は沙門と生れ、蛙は波羅奈国の大王と生れ」
(ウ)悪業の果報である不幸な状態。不運なめぐり合せ。昨日は今日の物語「いかなる―にて我らはかやうにあさましき事や」。「これも―とあきらめる」「―な話」
(2)原因と結果。
~<引用おわり>~

 

「原因」は○○したから、××が起こるというニュアンスですね。

 

例えば、

甘い物食べすぎたから太った。
イライラしたから蹴飛ばした。

みたいな感じでしょうか。

 

因果を考える時、みなさんはどちらを先に考えますか?

 

おそらく、上記に上げた「○○ したから、△△ が起きた」というように、原因が先結果が後ではないでしょうか?

 

いわゆる「原因」「結果」を引き起こすという考えですね。

 

その考え方からいくと、恐らく原因の後ろに付く言葉は「○○ のせいで△△になった」「○○ のおかげで△△になった」のように受動的になる事が多くなるのではないでしょうか。

 

逆に「結果」「原因」を引き起こすと考えるとどうなるでしょう。

 

この考え方でいくと、恐らく「△△をするために○○をした」「△△と考えたから○○をした」のように能動的になる事が多くなるのではないでしょうか。

 

ちょっとした事ですが、大きな違いだと思いませんか?

 

別に言葉遊びをしたいわけではありません。

 

を得るために行動すると、より前向きにポジティブに物事をとらえる事ができるようになります。

 

結果、因の原因を外(他人、環境)に求める事が少なくなります

 

をベースに行動すると、後ろ向きとまでは言いませんが、ネガティブに物事をとらえる事も多くなりますね。

 

因の原因を自分ではなく、外(他人、環境)に見いだそうとし始めます。

 

因の原因を外ではなく、内(自分自身)に見いだせば、ストレスも減り他にもいい事たくさんありますが、何故か多くの人は因の原因を外に求めます

 

あなたも身に覚えがありませんか?

(自分もちょっと前までその傾向がありましたので…自省)

 

「因の原因」。ちょっとややこしい表現ですみませんが、ニュアンスは伝わりますよね。

 

で、細かく書きはじめると止まらなくなるので、ここらでシメに入ります。(^^;)

 

の範囲は広いので、とりあえずマインドの使い方の中で言うと、果をゴールに因を手段に置き換えてもらえると分かりやすいと思います。

 

手段があるからゴールが決まる」のではなく、「ゴールがあるから手段がある(手段が見える言った方が正確ですね)」という事です。

 

ゴールに向かう手段であれば、一々外に何かを求めませんし、気にもなりません。

※「心から望む」が大事ですけど今回は詳細を割愛します

 

でもゴールもなく(雰囲気程度のゴールはあったりしますが..)手段が先にあると、その手段の原因等を常に外に外に求めていきます。

 

果てしなくて疲れますし、ストレスも相当溜まります。しかも気づけば現在地。時間だけは過ぎていた….。

悲しいですね。いやですね。

 

それは嫌だと思ったあなた! では、今から楽しくなりましょう。

まずはゴールを決めて(創って)確信して、それから手段を見つけてガンガン進んでいきましょう。

 

手段の永久ループに包み込まれないように気をつけてくださいね。

 

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